子供一覧
友の結婚。
- 2011.10.17(月)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
久しぶりに退屈しない結婚式に参加できた。
だいたいが3時間を目処に終了するが、ほとんどの式で1時間半もすると退屈で帰りたくなる。
今回の式は同級生の式だったこともあるが、やはり心から祝う気持ちがあってのことだろう、あっというまに3時間が経過した。
司会進行もそつがなく、無駄なスピーチや聞き苦しい歌のお披露目もなかった。
何より、同級生の参加が多く、知った顔だけでも40人は来ていたと思う。
かなりの年の差婚だということをその時知ったが、それを感じさせないほどお似合いの夫婦に見えたし、きっと末永く幸せにやっていくだろうことを感じさせた。
部活で培われた固い友情と仕事を通しての広くて深い繋がりを持つ新郎を観ていて、そのどちらも中途半端な自分にもどかしさを感じ、正直うらやましいと思った。
学生の頃、もっと一生懸命何かに取り組むべきだったとあらためて後悔させられた。
それでも、『自分の子には親の失敗を繰り返さないよう話すことができるのだ』と自分を励ましているのだった。
ワルイヤツホドヨクネムル。
この仕事を長く続けていると、多種多様な犯罪による被害者をよく目にする。
法治国家であるこの国では罪人に対する処罰規定も厳格に定められていて、それらを法をもって裁くことが可能であるはずだ。
では、被害者が訴え出ると司法がたやすく罪人を捕らえてくれるだろうか?
殺人や傷害、窃盗などについて司法警察が独自に摘発し捜査に着手した場合には比較的短期間で集中的にホシを挙げるために行動するようだが、民間人からの告訴や告発による場合はなかなか腰が重いようだ。
ストーカーによる殺人や児童虐待により幼い命が絶たれてしまう痛ましい事件が増えた昨今では、以前に比べて警察の対応にも変化が見られるようだが、私の見る限り声無き被害者の数は相当多く存在しているようだ。
特に外国人が被害者となるケース(暴行被害、詐欺による被害、DV被害、脅迫による被害)がかなり多く存在し、日本のマスコミがこぞって取り上げる外国人犯罪の数を凌ぐ実態数が存在しているように思える。
在留資格の問題や国籍、信条、宗教による差別をもろに受ける外国人にとって、多少の被害は感受しなければならないものなのか?
日々、この社会に矛盾を感じるのだ。
労働の対価、犯罪の代償。
今日、ショッキングなことがあった。
妻がいつも利用していた街の魚屋さんの店主が、窃盗罪で逮捕されたのだ。
私の自宅からわずかな距離で、いつも安くて良い品を置いていると妻から聞いていた。
私もたまに通りかかると、奥さんと思われる女性と店主が一生懸命に働いている姿を目にした。
朝早くから夜遅くまで店を開けて、店の前にも水槽やコンロが並べてあり、本当にまじめに労働しているのだなと感じさせるお店だった。
しかし、実際は報道にあるように盗んだ魚を売っていたのか、、、
私の自宅の周りはかなり治安が悪く、1年の内に数人が殺されるような地域だが、今回の事件は本当にショックだった。
小さな赤ちゃんを背負って店番をしていた女性(奥さんと思う)の姿が忘れられない。
店主には罪を償ってもう一度まじめに人生を歩んでほしいと願う。女性に背負われていた赤ちゃんも一緒に。
夫婦が落とし穴で窒息死した事件。
- 2011.08.29(月)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
今朝の報道で知りましたが、何ともやるせない事件です。
半分いたずら、半分祝福の気持ちで友人達が行いましたが、まさかこんな事態になるとは・・・
昔、結婚式で新郎を派手に祝おうと友人達が胴上げをしたところ、落下した新郎が死亡したという事故も聞いたことがありますが、伝えようとする気持ちと結果とが正反対になってしまうことってありますよね。
私もあまり表現することが上手では無く、人から誤解されることが結構あります。
自分の思いが伝わらないことに以前はさほど気を回しませんでしたが、子供が生まれ子供達を育てることをやりだしてからは、人に対する接し方や人への思いの伝え方を教育していかなければならない立場に自分自身がなったので、最近はあらゆる面で自己改革に取り組んでいます。
『子供は親の鏡』とはよく言ったもので、子供を通して自分自身の欠点や足りない部分が日々見えてきます。
彼らの成長と共に自分自身も成長していかなければならないと、40前になってあらためて感じています。
話が飛躍しましたが、亡くなられたご夫婦の冥福を祈ると共に、関わった友人の方々にお悔やみ申し上げます。
物事を見つめる観点。
この仕事を続けている内、ふと自分が理屈っぽくなっていると感じることがある。
単純に考えると何でもない世の中の事象を、法律や人権を過大に意識して一般的ではない捉えかたをしてしまっていると感じることが多い。
いわゆる『職業病』かとも思える思考に対する疑心が、他者との話の中で垣間見えてしまう。
自分自身で認識できている内は重病ではないと妻に言われたが、現在の仕事を辞めるつもりも無く、このまま続けると非常に理屈っぽい大阪のオッサンが誕生するのは時間の問題だ。
仕事上の思考と私生活でのものの考え方のバランスも考えていかねばならないと感じる。
しかし、社会で起こる大小さまざまな『理不尽』を吸収してしまいやすい性質なのか、ここ最近生きていて辛いことのほうが多いと感じるようになってきた。(多くの人がそうなのでしょうが・・・)
それでも、息子の笑顔が写った写真を見て直ぐに立ち直れる私は幸せかも知れない。